鳥 つれづれ日記

いつも心に鳥を

老鳥賛歌

いつも心に鳥をーぱはりんです。

 

毎日暑いですね。

バードウォッチングには行けない日々が続いています💦

街中にはスズメやハト、カラス等おなじみの鳥たちがいますが、この酷暑、鳥たちも暑そうだなぁと見ていて思います😅

 

さて、今回は老鳥について思うことを書き綴ってみたいなと思いました。

 

ネットを見ると綺麗な若鳥たちのかわいい姿で溢れていますが、老鳥は見かけないですね。

(私が見てないだけでしょうか?)

 

特にニュースで取り上げられているような鳥さんの姿は若鳥で完璧なルックスのことが多いように思います。

 

本を見ても、飼い鳥も野鳥も、それはそれは綺麗でかわいい、完璧ともいえそうな姿の写真ばかりです。

 

飼育書等には老鳥の写真が載っていることもありますが、それでも、表現はおかしいですが、本向けというか、メディア向けというか、「”素敵な”老鳥さん」といわれそうな老鳥の写真に感じます。

 

野生では老鳥は見ないイメージですが、野生の厳しさから老鳥になる前に天国へ行く鳥たちが多いのかなと感じます。

 

さて、この「老鳥」ということばですが、果たしてどこからが老鳥なのか。

 

一応、「○歳~...」みたいなことは本に書かれていたりもしますが、「○歳になりました。じゃあ今日から老鳥です!」みたいなことはなんだかおかしく感じてしまいます。

 

老鳥といえども曖昧な気がし、気がつけば若鳥にはない”いいあじわい”をだしてる、そんな感じで鳥も年齢を重ねていくのかなと感じます。

 

人間にも年齢に縛られず、その時その時の、見た目がどうとかではなく、見た目だけでは語り尽くせない、内側から醸し出されるなんとも言えないよさやあじわいがあるように、鳥も同じなのかなと思います。

 

今まで飼った鳥さんたちを見ていても、それぞれ歳の重ね方は違い、姿も違い、その鳥それぞれの生きた証が、刻まれていっているような気がします。

 

それには病気も含まれそうです。

 

病気はやっかいもののように感じられることがあると思いますが、それもその子の一部であり、生きている証の1つなんじゃないかと思えます。

病気と戦っている姿をみるのは飼い主としては心が痛むこともたくさんありますが、それでも一生懸命生きようとする姿は尊いものだなと思います。

若鳥での病気ももちろん大変ですが、老鳥になっての病気はなおさら大変でしょう。

それでも、生きている中で病気と運命を共に歩んでいる姿も、またその子の生き様なのかなと思います。

 

老鳥は若鳥のような勢いも完璧なルックスもありませんが、体に刻まれたその子の経験というのは全身から醸し出しているように思います。

 

ゆっくり起床。

動きもゆっくりのときもある。

生きた経験から、その子なりの習慣や知恵を身につけて生活。

歳をかさねても、その時その時を楽しんでいる。

昼寝が増える。

さらに甘えん坊になる。

羽はあっちむいたり、こっちむいたり、時にボサッとなったり、羽がないところができたり、それでもせっせと羽のお手入れをしながら、その子なりにその時その時の羽のいい状態をキープ。

のんびりする時間が増える。

などなど、

 

とてもゆっくりで穏やかな老鳥独特の時間の流れを感じます。

 

老鳥はネットの投稿や、本の中の綺麗な写真としては姿を見せない印象ですが、完璧なその鳥の姿だけが人の目に受け入れられる風潮なのかな?と思うと、ちょっぴり切なくも感じます。

 

陰をひそめているように思う老鳥さんたちですが、ネットや本で取り上げられるような若鳥の時代を通り越した、ルックスだけでは語りきれない、あいじわい深い老鳥世界があることもまた知ってもらえたら鳥好きとして嬉しいなと思ってしまいます。

 

鳥だけでなく、ペットを飼っていると、いずれどの動物でも歳を重ねていきますね。

1匹でも多くのペットが歳を重ねても飼い主さんと幸せな生活を過ごせますように☺🍀

 

また、厳しい自然界で生きている野鳥さんたちも、少しでも長く生きることができたらいいなといつも思います☺🍀